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かほくふるさと展示室のミニ企画展のお知らせ

うみっこらんど七塚の海と渚の博物館にある「かほくふるさと展示室」は、かほく市の風土や歴史などを紹介しています。今回は、市指定文化財「飛脚注進札」について紹介していきます。

 □市指定文化財「飛脚注進札」
  使われた場所  外日角
  時 代     江戸時代

 江戸時代後期は、鎖国していた日本の近海に諸外国船が現れるようになってきた頃で、文化元年(1804)にロシアの使節レザノフが来日したことを皮切りに、幕府は各藩に海防対策の強化を命じていた頃でした。

 加賀藩でも、嘉永3年(1850)に能登の各所に御台場(海に向かって大砲を撃ったりする場所)を築き防備に努め、外国船を見かけた際は直ちに注進するよう命じています。その後、加賀藩は海岸諸村に対しても、外国船を見かけた際は直ちに注進するよう、飛脚注進札を渡しています。それが、嘉永7年(1854)4月に加賀藩から出された市指定文化財「飛脚注進札」です。この「飛脚注進札」は、外日角村に出されたもので、加賀藩に伝えにいく際にかかる食事や草鞋、雨具などの諸掛りなどに便宜を図るように書かれています。

 そして、江戸時代のかほく市は、能登と金沢を結ぶ能登街道が主要交通路として通っていました。平成7年(1995)に石川県教育委員会による調査から、能登街道は、下の航空写真の赤のルートのように通っていたのではないかといわれています。また、明治21年(1888)の地図を見ると、宇野気には能登街道の他に、白尾や外日角の方面に向かう道と大崎の方面に向かう道があることが分かります。そして、高松から内灘へ向かって砂丘の上を行き来する道もあったといわれています。

 その当時の外日角で、もしも外国船をみかけたら、能登街道や内灘の方へ向かう道を使ったり、河北潟を舟で下るなど、大急ぎで金沢まで伝えに行ったのかもしれませんね。


 皆さん、ぜひ見学に来てください。見学無料です。


場 所 :うみっこらんど七塚「海と渚の博物館」
     かほく市白尾ム1-3
開館時間:9:00~17:00
休 館 :月曜日、祝日の翌日、年末年始
駐車場あり、かほくふるさと展示室 見学無料


飛脚注進札 表と裏
飛脚注進札の翻刻
江戸時代から明治頃までの能登街道


    お問い合わせ

    教育委員会 スポーツ文化課
    929-1195 石川県かほく市宇野気ニ81番地
    TEL:076-283-7135
    FAX:076-283-3643
    E-mail:spobun@city.kahoku.lg.jp

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