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消防本部の位置及び地勢、沿革

位置及び地勢

1 位置

当消防本部は、石川県のほぼ中央に位置するかほく市にあり、東は能登の秀峰宝達山をあおぎ河北郡津幡町に、西は白砂青松遠浅の日本海に面するとともに河北郡内灘町に、南は河北潟に面し津幡町に、北は羽咋郡宝達志水町にそれぞれ接している。

2 地勢

管内を地形的に大別すると、山間地、丘陵地、段丘地、沖積低地及び海岸砂丘地に区別することができ、県道ニッ屋宇ノ気線・主要地方道松任宇ノ気線を境にして、東は、山間地、丘陵地、段丘地、沖積低地に西は、白砂青松の海岸丘陵地となっている。また、国道159号線、のと里山海道、主要地方道、県道並びにJR七尾線がそれぞれに南北を縦貫しており、2級河川大海川及び宇ノ気川を擁している。
なお、砂丘地には、ブドウ・スイカ・長いも・大根などの畑作農業がさかんであるとともに、電子機器製造、繊維工業、鉄工業等の産業が発達している。その他の地域にあっては、稲作農業がさかんである。

かほく市消防本部沿革

第1章消防常備化までの消防体制

  • 消防が広域行政の一環として常備化されるまでの間、各町が非常備消防(消防団)として、消防行政を処理(昭和42年(1967年)7月1日から昭和47年(1972年)11月1日河北郡救急業務事業組合が救急業務を実施するまでの間、既に救急業務を実施している津幡町消防本部に対して、河北郡内灘町、宇ノ気町、七塚町及び高松町の管内に発生した救急業務を委託していた。)してきたところであるが、昭和47年(1972年)11月石川県能登海浜有料道路(のちに能登有料道路と改称された。平成25年3月・無料化により、のと里山海道となる)の一部が開通し併用(併用区間羽咋郡押水町今浜IC~河北郡七塚町白尾IC間)することにより、この道路及び一般道路に発生した救急業務並びに急病等の救急業務を処理するため、河北郡内灘町、宇ノ気町、七塚町及び高松町の4町で組織する組合の救急隊設置の気運が高まり、河北郡救急業務事業組合を設立(昭和47年10月17日付石川県指令地収第1017号をもって設立許可された。)し、組合事務所所在地を七塚町字浜北ハ6番地七塚町役場内、組合を組織する地方公共団体を河北郡内灘町、宇ノ気町、七塚町及び高松町とし救急業務を共同で処理することとし、救急自動車(2B型)1台を石川県から譲与され、職員6名をもって同年11月1日救急業務を開始した。
  • 昭和47年(1972年)10月20日初代組合長に七塚町長表秋夫氏が就任した。これにより消防行政は、警防・予防等の業務は各町の消防団が、救急業務については組合で実施することになった。
  • 昭和49年(1974年)9月組合構成町の内灘町が単独で常備消防を発足させ業務を開始したことにともない、石川県から当組合に対して救急自動車(2B型)1台の譲与を受け、これを内灘町消防本部へ配置し、同町管内に発生した救急業務の処理を担当させた。
  • 時代の推移とともに広域常備消防設置の気運が高まり、昭和51年(1976年)8月河北郡宇ノ気町、七塚町及び高松町の3町で組織する広域常備消防設置が、当該関係町で機関決定され、高松町役場内に広域消防設立準備室(仮称)を設置し、高松町助役を準備室責任者、宇ノ気町助役及び七塚町助役は、準備室委員とし、関係3町役場職員3名(兼務)をもって準備室の事務処理に当たらせた。

第2章消防常備の組織化、強化の推移

  • 河北郡救急業務事業組合規約の一部変更が、昭和52年(1977年)3月31日付石川県指令地収第153号をもって許可され、同日付をもって河北郡内灘町を組合を組織する地方公共団体から分離し、同年4月1日組合を組織する地方公共団体を河北郡宇ノ気町、七塚町及び高松町とし、組合の名称を『河北広域消防事務組合』と改称、共同で処理する事務を組合構成町の常備消防に関する事務(非常備消防に関する事務を除く。)及び森林法(昭和26年法律第249号)第21条に基づく森林火入れ許可に関する事務とするとともに、組合事務所所在地を河北郡七塚町字浜北ハ6番地七塚町役場内とし、消防本部(七塚町役場内、消防吏員35名)のみの設置をもって発足し、消防事務及び救急業務を開始した。
  • 昭和52年(1977年)4月1日第2代組合長に宇ノ気町長中井忠則氏が就任し、また、初代消防長に猪谷幸吉氏が就任した。
  • 昭和52年(1977年)4月8日付自治省告示第73号をもって、消防本部及び消防署を置かなければならない市町村を定める政令(昭和46年政令第170号)本則の規定に基づき、消防本部及び消防署を置かなければならない市町村として、河北郡宇ノ気町、七塚町及び高松町が指定を受けた。なお、この指定は、昭和53年(1978年)4月1日から効力を生じた。
  • 昭和52年4月1日河北広域消防事務組合長は、消防本部・消防署庁舎敷地(地番河北郡宇ノ気町字内日角3丁目1番地、地目宅地、面積2,486.57平方メートル)について宇ノ気町長と、高松分署庁舎敷地(地番河北郡高松町字高松オ20番1・オ21番1・オ21番3・地目畑、面積1,073平方メートル)については、高松町長とそれぞれ無償貸与契約を締結した。
  • 昭和52年(1977年)4月25日消防本部・消防署庁舎(鉄筋コンクリート造り2階建、建築延面積681.94平方メートル、設備電気・給排水・冷暖房・放送・警報設備)及び高松分署庁舎(鉄筋コンクリート造り一部2階建、建築延面積314.25平方メートル、設備電気・給排水・冷暖房・放送設備)の建設に着工、同年8月31日新築落成するとともに消防施設の整備(消防ポンプ自動車2台、消防用無線電話装置等通信施設の新設及び移転)が完了した。
  • 昭和52年9月1日組合事務所及び消防本部の移転を行うとともに常備消防の組織も1消防本部、1消防署、1分署とし、消防本部及び消防署の所在地を河北郡宇ノ気町字内日角3丁目1番地とした。配置消防力は、普通型消防ポンプ自動車(BD-Ⅰ型)1台、救急自動車(2B型)1台、指令車(ジープ型)1台、予防査察車(ライトバン)1台、計4台、消防吏員23名(消防本部職員6名、消防署職員17名)を配置し、管轄区域を組合構成町全域とした。また、高松分署の所在地を河北郡高松町字高松オ21の1番地とし、普通型消防ポンプ自動車(BD-Ⅰ型)1台、消防吏員12名を配置し、管轄区域を河北郡高松町全域及び七塚町の一部地域(七塚町字木津、字松浜、字遠塚の一部)とした。消防の用に供する車輌5台、消防吏員35名の必要最小限の装備、人員をもって開署し、本格的な消防・防災・救急業務を開始した。
  • 通信業務の省力化、迅速化を図るため、救急消防指令装置(C型)の設置工事を進めてきたところ、昭和52年11月14日工事が完了した。
  • 昭和53年(1978年)2月23日付石川県指令地収110号をもって、河北広域消防事務組合規約の一部変更が許可され、組合事務所の所在地を河北郡宇ノ気町字内日角3丁目1番地河北広域消防事務組合消防本部内とした。
  • 昭和53年(1978年)3月31日消防本部敷地内において、建設を進めていた消防救助訓練塔(鉄骨造り6階建、高さ17m、面積12.6平方メートル、補助塔ビデ足場1式)が完成した。
  • 昭和53年(1978年)4月1日消防力の基準及び消防施設整備計画等により、消防吏員3名の増員を行った。(消防吏員数38名となった。)
  • 昭和53年(1978年)9月29日財団法人日本消防協会から救急自動車(2B型)1台(財団法人日本船舶振興会の補助事業)の寄贈を受け、高松分署に配置した。これにより消防本部消防署配置車輌は、普通型消防ポンプ自動車1台、救急自動車1台、指令車1台、予防査察車1台、計4台、消防吏員26名(消防本部職員6名、消防署職員20名)、高松分署配置車輌は、普通型消防ポンプ自動車1台、救急自動車1台、計2台、消防吏員12名となった。
  • 昭和53年(1978年)11月1日消防訓練用地を先行取得した。(地番河北郡宇ノ気町字内日角3丁目17番地、地目宅地、面積1,787.59平方メートル)
  • 昭和54年(1979年)4月1日消防力の基準及び消防施設整備計画等に基づく増員及び退職職員の補充のため、消防吏員3名及び事務職員1名、計4名の職員を採用した。(消防吏員40名、事務職員1名、計41名となった。)
  • 昭和54年(1979年)8月8日消防訓練用地周辺のフェンス工事が完成した。
  • 昭和54年(1979年)10月25日水槽付消防ポンプ自動車(水Ⅱ型)1台を購入し、消防署に配置した。これにより消防本部・消防署配置車輌は、消防ポンプ自動車2台(普通型1台、水槽付1台)、救急自動車1台、指令車1台、予防査察車1台、計5台、消防職員27名(消防吏員26名、事務職員1名)となり、高松分署の職員数は14名となった。
  • 昭和54年(1979年)12月5日高松分署配置の消防用車輌が、緊急出勤時において国道の交通事故防止のため、消防緊急出動標識灯(河北郡高松町字高松ヤ42番地及び河北郡高松町字高松オ23の1番地)を設置した。
  • 昭和55年(1980年)12月2日石川県共済農業協同組合連合会から石川県を通じて救急自動車(2B型)1台の寄贈を受け、消防署に配置した。(昭和47年石川県から譲与された救急自動車を昭和55年12月廃車した。)
  • 昭和56年(1981年)2月5日消防訓練用地拡張のため、用地(河北郡宇ノ気町字内日角3丁目15の1番地同16番地、地目畑、面積15の1番地39平方メートル、16番地737平方メートル 計776平方メートル)を先行取得した。なお、この用地整備工事及びフェンス工事が昭和56年6月13日完成した。
  • 昭和56年(1981年)2月19日消防団員が災害時に迅速に出動し、的確な情報を得るため、組合構成町の消防用サイレン及び消防団員を個別に呼び出すことを目的とした、無線サイレン吹鳴制御装置(親局1局=消防本部に設置、子局6局=高松町3局・七塚町3局設置)及び無線個別呼出装置(親局1局=消防本部に設置、子局17局=宇ノ気町消防団に設置)が完成し、消防本部において無線固定業務を開始した。
  • 昭和56年(1981年)4月1日消防力の基準及び消防施設整備計画等により、消防吏員3名の増員を行った。(消防吏員43名、事務職員1名、計44名となった。)
  • 懸案であった消防本部・消防署庁舎増築(鉄筋コンクリート造り2階建建築延面積649.62平方メートル、設備電気(高圧受電・非常発電)、冷暖房・自動火災報知・放送・給排水設備)工事及び高松分署車庫増築(鉄骨カラー鉄板茸平屋建、建築面積34.8平方メートル)工事が、昭和56年7月10日ともに着工し、高松分署車庫増築工事は同年9月30日、消防本部・消防署庁舎増築工事は、昭和57年(1982年)2月20日それぞれ竣工した。これにより消防本部・消防署庁舎は、1階659.13平方メートル、2階672.43平方メートル、計1,331.56平方メートルとなり、高松分署庁舎は、1階281.55平方メートル、2階67.5平方メートル、計349,05平方メートルとなった。
  • 昭和56年(1981年)12月8日社団法人日本損害保険協会から水槽付消防ポンプ自動車(水Ⅰ-A型)「火災保険号」1台の寄贈を受け、高松分署に配置した。これにより現有消防力は、消防本部・消防署配置車輌消防ポンプ自動車2台(普通型1台、水槽付1台)、救急自動車1台、指令車1台、予防査察車1台、計5台、高松分署配置車輌消防ポンプ自動車2台(普通型1台、水槽付1台)救急自動車1台、計3台、合計8台となった。
  • 昭和57年(1982年)3月1日ユーザック電子工業株式会社から予防査察車(ライトバン)1台の寄贈を受け、消防本部に配置した。(昭和52年度に購入した予防査察車を昭和57年3月廃車した。)
  • 昭和59年(1984年)1月1日第2代消防長に高井政男氏が就任した。
  • 昭和60年(1985年)4月1日退職職員の補充及び消防力の増強に伴い、消防吏員3名を採用し、消防吏員45名、事務職員1名、計46名(消防本部職員6名、消防署職員25名、高松分署職員15名)となった。
  • 冬季間消防用車輌を風雪から保護し、盗難防止を図るため、高松分署庁舎車庫にオーバースライダー等の取付工事を施工していたところ、昭和61年(1986年)12月4日竣工した。
  • 昭和62年(1987年)3月12日社団法人日本損害保険協会から救急自動車(2B型=4WD)1台の寄贈を受け、高松分署に配置した。(昭和53年度に財団法人日本消防協会から寄贈された救急自動車を昭和62年3月廃車した。)
  • 昭和62年(1987年)5月14日第3代組合長に高松町長長柄朝氏が就任した。
  • 昭和62年(1987年)8月6日消防施設整備事業資金として寄附採納し、救急自動車(2B型=4WD)1台を購入、12月10日消防署に配置した。
  • 冬季間消防用車輌を風雪から保護し、盗難防止を図るため、消防本部署庁舎車庫にオーバースライダー等の取付工事を施工していたところ、昭和62年(1987年)12月11日竣工した。
  • 平成元年(1989年)4月1日退職職員の補充及び消防力の増強を図るため消防吏員5名を採用し、消防吏員48名、事務職員1名、計49名(消防本部職員7名、消防署職員26名、高松分署職員16名)となった。
  • 平成元年(1989年)4月1日第3代消防長に西田与一氏が就任した。
  • 同年4月30日第4代組合長に宇ノ気町長宮本一雄氏が就任した。
  • 平成3年(1991年)2月4日救助工作車Ⅱ型(日野クルージング・レインジャー)1台を購入し消防署に配置した。
  • 平成3年(1991年)7月1日財団法人日本消防協会より(宝くじ号トヨタハイエース)1台の寄贈を受け防火広報車として消防署に配置した。これにより消防本部消防署配置車輌は、消防車2台(普通型1台・水槽付1台)救急自動車1台・救助工作車1台・指令車1台・予防査察車1台・防火広報車1台の計7台となる。高松分署配置車輌は、消防車2台(普通型1台。水槽付1台)救急自動車1台・機材車(ワゴン)1台計4台となる。
  • 平成3年(1991年)10月16日消防訓練用地拡張の為、用地(河北郡宇ノ気町字内日角3丁目18番地826平方メートル)を取得した。
  • 平成4年(1992年)1月30日現有の消防ポンプ自動車(河北1(消防署配置)、高松1(高松分署配置))が老巧化したため、最新鋭消防ポンプ自動車(CD-Ⅰ型)2台を購入し消防署及び高松分署に配置した。
  • 平成4年(1992年)3月25日株式会社PFUから予防査察車(ライトバン)1台の寄贈を受け、消防本部に配置した。(同社から昭和57年の寄贈に続き2台目となった。)
  • 平成4年(1992年)4月1日退職職員の補充及び消防力の増強に伴い、消防吏員3名を採用し、消防吏員48名、事務職員1名、計49名(消防本部職員7名、消防署職員27名、高松分署職員15名)となった。
  • 平成4年(1992年)8月6日現有の消防指令車(河北指令1(消防本部配置))が老巧化したため、最新鋭消防指令車1台を購入し消防本部に配置した。(昭和52年度に購入した指令車を平成4年6月廃車した。)
  • 平成4年(1992年)8月7日社団法人日本損害保険協会から水槽付消防ポンプ自動車「火災保険号河北2」1台の寄贈を受け、消防署に配置した。(昭和54年度に購入した水槽付消防ポンプ自動車を平成4年8月廃車した)
  • 平成5年(1993年)4月1日消防力の増強に伴い、消防吏員4名を採用し、消防吏員52名、事務職員1名、計53名(消防本部職員8名、消防署職員29名、高松分署職員16名)となった。
  • 平成6年(1994年)4月1日消防力の増強に伴い、消防吏員3名を採用し、消防吏員55名、事務職員1名、計56名(消防本部職員8名、消防署職員32名、高松分署職員16名)となった。
  • 平成7年(1995年)1月18日水槽付消防ポンプ自動車(水Ⅱ型)1台を購入し、高松分署に配置した。
  • 平成7年(1995年)3月8日社団法人日本損害保険協会から高規格救急自動車「河北救急1」1台の寄贈を受け、消防署に配置し、救急救命士業務の運用を開始した。
  • 平成8年(1996年)7月4日消防用地拡張の為、用地(河北郡宇ノ気町字内日角3丁目20番地482平方メートル)を取得した。
  • 平成9年(1997年)3月5日消防防災設備整備事業により購入した、消防緊急通信指令施設(Ⅱ型)、消防団緊急通報伝達システム、災害弱者緊急通報システムの各装置が完成し「もっと迅速に、もっと安全に」をモットーに業務を開始した。(昭和52年11月に配置した救急消防指令装置(C型)は、平成9年3月に廃棄処分した。)
  • 平成9年(1997年)4月1日第4代消防長に松居武敏氏が就任した。
  • 平成10年(1998年)4月1日消防力の増強に伴い、消防吏員2名を採用し、消防吏員55名、事務職員1名、計56名(消防本部職員6名、消防署職員32名、高松分署職員18名)となった。
  • 平成12年(2000年)4月1日退職職員の補充及び消防力の増強に伴い、消防吏員3名を採用し、消防吏員55名、事務職員1名、計56名(消防本部職員6名、消防署職員32名、高松分署職員18名)となった。
  • 平成13年(2001年)2月23日社団法人日本自動車工業会から高規格救急自動車「高松救急1」1台の寄贈を受け高松分署に配置した。
  • 平成14年(2002年)3月29日PFUグループ6社から予防査察車(ハイブリッドカー)の寄贈を受け消防本部に配置した。(同社からは昭和57年、平成4年の寄贈に続き3台目となった。)
  • 平成14年(2002年)9月18日国道159号線の拡張工事により消防訓練塔のグラウンド側への移転工事が完了する。
  • 平成16年(2004年)3月1日構成3町が合併し、かほく市消防本部と名称を改める。これに伴い、組合消防から市町村消防となる。前身の河北広域消防事務組合から引き続き、かほく市初代消防長に松居武敏氏が就任する。
  • 平成17年(2005年)4月1日かほく市第2代消防長に岡本文嘉氏が就任した。
  • 平成17年(2005年)4月1日消防吏員2名を採用し、消防吏員53名、事務職員2名、計55名(消防本部職員6名、消防署職員30名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成18年(2006年)1月24日CD-Ⅰ型消防ポンプ自動車(水槽付)1台を購入し、消防署に配置した。
  • 平成19年(2007年)4月1日かほく市第3代消防長に髙橋勲氏が就任した。
  • 平成19年(2007年)4月1日消防吏員3名を採用し、消防吏員53名、事務職員2名、計55名(消防本部職員6名、消防署職員30名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成20年(2008年)2月27日二市二町消防通信指令事務協議会の発足により金沢市・かほく市・津幡町・内灘町の指令業務が金沢市指令センターで一括受信(試行)となる。
  • 平成20年(2008年)4月1日金沢市・かほく市・津幡町・内灘町消防指令センターにおいて金沢市・かほく市・津幡町・内灘町消防通信指令業務の共同運用を開始する。
  • 平成20年(2008年)4月1日消防吏員3名を採用し、消防吏員53名、事務職員2名、計55名(消防本部職員6名、消防署職員30名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成20年(2008年)12月15日老朽化した救助工作車(Ⅱ型)かほく救助1(緊急消防援助隊登録車両)を、緊急消防援助隊設備整備費補助金により更新整備し、消防署に配置した。
  • 平成21年(2009年)4月1日かほく市第4代消防長に釜井泰廣氏が就任した。
  • 平成21年(2009年)4月1日消防吏員3名を採用し、消防吏員53名、事務職員2名、計55名(消防本部職員6名、消防署職員30名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成21年(2009年)12月10日老朽化した高規格救急自動車(災害対応特殊救急自動車)高松救急1(緊急消防援助隊登録車両)を、緊急消防援助隊設備整備費補助金により更新整備し、高松分署に配置した。
  • 平成22年(2010年)1月15日CD-Ⅰ型消防ポンプ自動車(CAFS消火装置電動式ホースカー搭載)1台を購入し、高松分署に配置した。
  • 平成22年(2010年)4月1日消防吏員1名を採用し、消防吏員53名、事務職員2名、計55名(消防本部職員6名、消防署職員30名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成23年(2011年)3月東日本大震災による被災地救援のため、石川県緊急消防援助隊として救助部隊5名を岩手県に派遣する。3月12日から3月26日の5次隊まで出動し、延べ25名の隊員を現地へ派遣した。
  • 平成23年(2011年)3月25日地域活性化・きめ細かな交付金対象事業によりかほく市消防本部グランド整備工事が完了した。
  • 平成23年(2011年)3月31日老朽化した資材運搬車(かほく機材1)を地域活性化・きめ細かな交付金対象事業により更新整備し消防署に配置した。
  • 平成23年(2011年)4月1日消防吏員2名を採用し、消防吏員53名、事務職員2名、計55名(消防本部職員6名、消防署職員30名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成24年(2012年)4月1日かほく市第5代消防長に奥野司郎氏が就任した。
  • 平成24年(2012年)4月1日消防吏員3名を採用し、消防吏員53名、事務職員2名、計55名(消防本部職員6名、消防署職員30名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成25年(2013年)3月29日Ⅱ型消防ポンプ自動車(水槽車)1台を購入し、高松分署に配置した。4月1日付で緊急援助隊登録車両をかほく救助1から高松2へ変更する。
  • 平成25年(2013年)4月1日消防吏員3名を採用し、消防吏員55名、事務職員1名、計56名(消防本部職員6名、消防署職員32名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成26年(2014年)2月16日老朽化した高規格救急自動車(かほく救急1)を更新整備し、消防署に配置する。
  • 平成26年(2014年)3月28日消防救急デジタル無線鉄塔(30m級)を竣工した。(併せて通信室、機械室の改修、高圧受電設備更新を実施した)
  • 平成26年(2014年)4月1日消防吏員2名を採用し、消防吏員56名、事務職員1名、計57名(消防本部職員7名、消防署職員32名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成26年11月27日公益財団法人日本消防協会から防災活動車(かほく警防1)の寄贈を受け、消防署に配置した。
  • 平成27年(2015年)3月27日老朽化した訓練塔を解体、高さ17m鉄骨造3階建ての消防救助技術訓練塔を更新した。
  • 平成27年(2015年)4月1日かほく市第6代消防長に南貞光氏が就任した。
  • 平成27年(2015年)4月1日消防吏員4名を採用し、消防吏員55名、事務職員1名、計56名(消防本部職員6名、消防署職員32名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成28年(2016年)4月1日消防吏員2名を採用し、消防吏員56名、事務職員1名、計57名(消防本部職員6名、消防署職員33名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成28年(2016年)4月1日消防救急デジタル無線の運用を開始する。
  • 平成29年(2017年)3月1日市内各所における雨量を監視できる広域雨量観測システムを整備し、運用開始する。
  • 平成29年(2017年)4月1日消防吏員2名を採用し、消防吏員56名、事務職員1名、計57名(消防本部職員6名、消防署職員33名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成30年(2018年)2月1日高松分署の耐震補強工事が完了した。
  • 平成30年(2018年)3月15日老朽化した高規格救急自動車(高松救急1)を更新整備し、高松分署に配置する。
  • 平成30年(2018年)4月1日消防吏員3名を採用し、消防吏員58名、事務職員1名、計59名(消防本部職員6名、消防署職員36名、高松分署職員17名)となった。
  • 平成30年(2018年)4月1日石川県消防防災航空隊1名を派遣した。(3年間)
  • 平成31年(2019年)4月1日第7代消防長に澤野 秀紀氏が就任した。
  • 平成31年(2019年)4月1日消防吏員4名(うち女性1名)を採用し、消防吏員57名、事務職員1名、計58名(消防本部職員6名、消防署職員35名、高松分署職員17名)となった。
  • 令和元年(2019年)9月26日、女性消防吏員採用に伴い、消防長室を女性用仮眠室、団長室を消防長室に改修する。
  • 令和2年(2020年)2月27日老朽化した指揮車(かほく指揮1)を更新整備し消防署に配置する。
  • 令和2年(2020年)4月1日消防吏員2名を採用し、消防吏員59名、事務職員1名、計60名(消防本部職員6名、消防署職員37名、高松分署職員17名)となった。
  • 令和3年(2021年)2月2日老朽化した消防ポンプ自動車(かほく1)を更新整備し、消防署に配置する。
  • 令和3年(2021年)4月1日消防吏員1名を採用し、消防吏員57名、事務職員1名、計58名(消防本部職員6名、消防署職員36名、高松分署職員16名)となった。
  • 令和3年(2021年)4月1日石川県消防学校教官1名を派遣した。(2年間)
  • 令和3年(2021年)11月25日老朽化した高規格救急自動車(かほく救急1)を更新整備し、消防署に配置する。
  • 令和4年(2022年)4月1日消防吏員4名を採用し、消防吏員57名、事務職員1名、計58名(消防本部職員6名、消防署職員34名、高松分署職員18名)となった。
  • 令和4年(2022年)7月27日無人航空機(DJI MAVIC3)を新規整備し、消防署に配置した。
  • 令和4年(2022年)10月21日高松分署庁舎仮眠室の個室化改修工事が完了した。
  • 令和4年(2022年)11月21日消防本部庁舎仮眠室の個室化改修工事が完了した。
  • 令和5年(2023年)2月14日老朽化した軽積載車(高松広報1)を更新整備し、高松分署に配置する。
  • 令和5年(2023年)4月1日第8代消防長に絈野 隆義氏が就任した。
  • 令和5年(2023年)4月1日消防吏員2名を採用し、消防吏員54名、事務職員1名、計55名(消防本部職員6名、消防署職員33名、高松分署職員16名)となった。
  • 令和5年(2023年)8月8日無人航空機(DJI Matrice30T)を新規整備し、消防署に配置した。
  • 令和6年(2024年)1月1日に発生した令和6年能登半島地震による被災地救援のため、1月2日から石川県消防広域応援隊として消火小隊5名、支援隊2名の計7名を派遣する。1月2日から3月30日の12次隊まで出動し、延べ43名の隊員を現地へ派遣した。
  • 令和6年(2024年)4月1日消防吏員6名を採用し、消防吏員59名、事務職員1名、計60名(消防本部職員6名、消防署職員38名、高松分署職員16名)となった。
  • 令和6年(2024年)4月1日石川県消防防災航空隊1名を派遣した。(3年間)

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